登呂遺跡について

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登呂遺跡発掘調査の歴史

年月日 発掘調査の内容
昭和18年 1月 戦争のためのプロペラ工場建設により、丸木舟など多くの木製品、土器などが発見される。
7月11日 毎日新聞、遺跡発見を報道する。
8月9日 緊急発掘調査を決定する。調査隊をつくる。写真撮影をはじめる。
8月9〜12日 平面測量、高低測量をする
8月17日〜29日 第1次調査(静岡県)
9月2〜4日、15〜17日 追加調査、再追加調査
昭和20年 3月 アメリカ軍の空襲をたびたびうけ、遺跡、遺構も被害を受ける
6月20日 静岡大空襲。県立葵文庫に集められていた遺物の一部、発掘調査の記録、印刷中の報告書原稿などを失う。
昭和21年 12月7日 再発掘のため『静岡県郷土文化研究会』つくる
昭和22年 3月22日 『静岡市登呂遺跡調査会』をつくる
7月21日 遺跡の名称、「登呂遺跡」と決まる
7月13日〜9月3日 第2次調査(静岡市登呂遺跡調査会)
『静岡市登呂遺跡調査会』解散。『日本考古学協会』結成。
昭和23年 7月21日〜9月3日 第3次調査(日本考古学協会)
昭和24年 7月20日〜9月5日 第4次調査(日本考古学協会)
昭和25年 8月1日〜9月5日 第5次調査(日本考古学協会)
昭和26年 3月 復元住居つくられる
12月 木製品の中に琴を発見
昭和27年 3月 復元倉庫つくられる
11月 特別史跡に指定される。11,600u
昭和30年 3月 『静岡考古館』(静岡市立登呂博物館の前身)開館
昭和40年 3月22日〜28日
7月21日〜8月15日
11月25日〜12月3日
第6次調査(静岡県文化財保存協会)
昭和46年 9月 『静岡考古館』閉館
昭和47年 4月1日 『静岡市立登呂博物館』開館
昭和48年 7月 布片調査(布目順郎氏)
昭和53年 4月 特別史跡追加指定。48,300u
昭和58年 12月 青銅製品鉛同位体比分析調査(馬渕久夫氏)
昭和59年 11月 登呂遺跡発見40周年記念シンポジウム『登呂いま弥生文化を問いなおす』
昭和60年 6月 復原住居温度等測定実験
昭和63年 10月 日本考古学協会設立40周年記念静岡大会『日本における稲作農耕の起源と展開』
平成4年   『静岡市立登呂博物館』開館20周年
平成5年   登呂遺跡発見50周年
平成6年 3月 登呂博物館1階展示室が参加体験型展示にリニューアル
平成9年 7月13日 登呂遺跡発掘50周年 再発掘調査開始の式
8月 登呂遺跡再整備にともなう確認調査 第1次調査
平成11年 9月〜12月 登呂遺跡再整備にともなう再発掘調査(居住域と水田域との境界区域)
平成12年 7月〜12月 登呂遺跡再整備にともなう再発掘調査(居住域)
平成12年 8月20日 明治大学名誉教授 大塚初重氏 登呂のムラ長就任式
平成13年 7月〜11月 登呂遺跡再整備にともなう再発掘調査(居住域)
平成14年 7月〜12月 登呂遺跡再整備にともなう再発掘調査(水田跡、森林跡)
平成15年 8月〜10月 登呂遺跡再整備にともなう再発掘調査(居住域などの補足)

登呂遺跡再発掘調査の成果についてはこちら

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